2007年07月19日

「坂の上の雲と坊っちゃん」          ほてりあさん

松山が舞台になった小説は少なからずあるのですが
やはり有名なところでは司馬遼太郎の「坂の上の雲」と夏目漱石の坊っちゃん」でしょう。

この偉大なる2大文学作品における松山の記述を見てみましょう。


まず「坂の上の雲」

「伊予松山というのは領内の地味が肥え、物実りがよく、気候は温暖で、しかも郊外には道後の温泉があり、すべてが駘蕩(たいとう)としているから、自然、ひとに闘争心が薄い」
※駘蕩(たいとう)のびのびとして穏やかなさま

といいつつ
「伊予人の遠祖は、みな瀬戸内海に舟をつらねて漕ぎまわった連中」


次に「坊っちゃん」

「野蛮な所」で「気のきかぬ田舎者」のいる土地。

「古い前世紀の建築」の県庁、神楽坂を半分に狭くしたぐらいな道」の大通り。

「二十五万石の城下だって高の知れたもの」

「こんな所に住んで御城下だなどといばっている人間はかあ(わ)いそうなものだ」

「おれと山嵐はこの不浄な土地を離れた」


かろうじて褒めているのは、

「おれはここへ来てから、毎日住田の温泉へ行くことにきめている。
ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉だけはりっぱなものだ」

あ〜あ
「坂の上の雲」はまだしも 「坊っちゃん」ではけちょんけちょんです。
漱石先生、そこまで言わなくても(笑)

しかしこれだけ言われているにもかかわらず、ここ松山には「坊っちゃん」の名前を冠したモノがなんと多いこと。

坊っちゃん団子、坊っちゃん列車、坊っちゃん球場をはじめとして、居酒屋さんから古本屋さん、はたまた駐車場にまで「坊っちゃん」が使われています。

「坊っちゃん」は名作ではありますが、ずいぶんと伊予松山をこきおろした小説でもあります。ですが、松山の人はけっこう喜んでいます。

今この時代の私達にしてみれば、この小説は時代背景も昔のことですし、まあ当たらずとも遠からじ、といった距離感をもって傍観できるのですが、不思議なのは当時の人達はこれをおもしろがって受け入れたわけでしょう。

う〜む懐が深いのか、ただ単にぼわーっとしてたのか、はたまた草食だったのか(笑)
…謎です。


よく言われる県民性としては
・温暖な気候のためかマイペースなのんびり屋
・保守的な中庸を好む
といったことですが、確かにそういうところはあるかな、と思います。

でも大体においてその土地の県民性というハナシになると、とかくネガティブな方向になりがちです。

でも、自然災害は少ないし、食べ物は美味しいし、温泉も多いし、物価も安い。
…恵まれすぎてるんですかね?


「先生、もうそのくらいで。」
posted by スタッフ at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 時の歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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